Kojima Hisaya
Mysterious World | あやし国

子どものころ、理科準備室の中を、おそるおそるのぞいてみた人も多いだろう。あるいは、博物館に並んだ化石や剥製を、ワクワクしながら見つめた経験はないだろうか。薄暗い中に、今にも動き出しそうな、生き物のような、不思議な、おもしろい、美しい焼きものが並んだ空間は、大いに好奇心をくすぐり、想像力をかき立てる。
どの作品も命の息づかいを感じるような有機的な形をしている。土は泥のような状態から、なめらかな粘土の状態、乾燥し焼成することで硬くなり、ひび割れたような状態にも変化する。これほどの作品が一挙に並ぶ時、そのような土の多様性が、生き物の多面的な形態や生態を表すのに、非常に適した素材であることがよくわかる。
Candle Stand | 燭台

ヨーロッパの人々にとって、中国や日本から渡ってきた磁器は憧れの的だった。やがて18世紀からマイセンで磁器の生産が始まると、食器だけでなく、燭台や時計などの調度品も磁器で作られるようになった。
夜でも昼間と変わらぬ生活ができるほど、明るい中で暮らしているのは、人類の長い歴史の中では、つい最近のことだ。
200年ほど前のヨーロッパでは、現在から考えれば非常に暗い中で、人々は生活を営んでいた。このインスタレーションは、18世紀当時の明るさにより近い環境で、作品をみせる狙いがある。
Monkey Orchestra | 猿の楽団

猿たちが楽器を演奏し、歌をうたう。指揮者がタクトを振って楽団員をまとめる。あたかも、楽しげな演奏や歌声が聴こえてくるようなマイセンの《猿の楽団》。展示室内には、オルゴールによる「ブラームスの子守唄」が流れる。
回転台にはフラッシュライト、カメラ、プロジェクター、中央の小さな回転台には指揮者の猿が設置されている。それを囲むように、円卓上にその他の楽団員20体の猿を設置。カメラが捉えた映像は、180度反対のプロジェクターから壁に照射される。フラッシュライトの光により、カメラが捉えている猿の影が壁に投影される。
同時に、カメラは鑑賞者をも捉える。また、プロジェクター及びフラッシュライトの光により、鑑賞者の影も壁に投影されるのだ。作品と鑑賞者が一体となり、映像と影を楽しむインスタレーションである。
雨/陶⇄土  鯉江良二 2003

カスケード広場2階テラスに設置された、《土に還る》シリーズから発展した一連の作品は、植物の種子を含む土を鉄製の箱に詰め、岩石をのせて焼成している。「陶」が土を焼いたものを指すのであれば、これはまさに「陶・やきもの」である。それを野外に置くことで、やがて土の中の焼け残った種子が芽を出し、命の息吹がよみがえる。こうして「陶」が再び「土」に還るのだ。
鯉江良二は、既成の陶芸家の枠を超えて、自ら異文化に飛び込みながら「やきものとは何か」を常に問い続ける。本作は、まさに作家による「土の冒険」の足跡であり、「土の冒険のぼうけん」展の象徴ともいえるだろう。


土の玉  阿曽藍人 2016

阿曽藍人の《土の玉》は、赤土を素焼きしたものや、野焼きの煤で黒変した表面を磨いたものなど、土や野焼きならではの風合いを生かした球体作品である。今展ではカスケード広場の水面に浮かぶようにインスタレーションし、見事に風景を異化させた。
この《土の玉》は、「土の冒険のぼうけん」展の主要なインスタレーション《Gravity》に使われており、展覧会ポスター及びチラシのビジュアルにも用いられた。
[関連イベント]

スペシャルこどもワークショップ
「土の玉のぼうけん」

小島 久弥 (現代美術家、本展演出)
阿曽 藍人 (陶芸家、本展出品)

スペシャルこどもワークショップ「土の玉のぼうけん」では、子どもたちが阿曽藍人と原土を砕くところから、粘土づくりを体験。その土で自分だけの玉をつくり、化粧土で彩色した。子どもたちは、粘土で手や腕はもちろん、髪や顔、全身を真っ白にしながら大奮闘。
最後に小島久弥が、それぞれの玉を第5室の阿曽藍人の作品に投影する、プチ・プロジェクションマッピングを行った。子どもたちのつくった玉と組合わさることで、宇宙を思わせる展示室5のインスタレーションが、さらに新たな膨らみをみせた。
こどもワークショップ
「ふしぎいきもの“ポヨポヨ”」


魅力発信事業「詩の朗読」
Poetry reading 「here and there」

江藤 莅夏 (コトバ、本展共同演出)

岡田潔 岐阜現代陶芸美術館 副館長兼学芸部長
小島さんの関心

 この展覧会では、普段の美術館ではあまり見られない作品展示が、さまざまに試みられています。たとえば、作品の影が形を変える、壁に作品の映像が映し出される、などなど。このような展示を発想したのは、現代美術家の小島久弥さんです。
 では、小島さんはどんなことに特に関心を持っているのでしょうか?


 一つは、何かの「変わり目」です。

岡田潔 岐阜現代陶芸美術館 副館長兼学芸部長
小島さんの関心

 この展覧会では、普段の美術館ではあまり見られない作品展示が、さまざまに試みられています。たとえば、作品の影が形を変える、壁に作品の映像が映し出される、などなど。このような展示を発想したのは、現代美術家の小島久弥さんです。
 では、小島さんはどんなことに特に関心を持っているのでしょうか?

 一つは、何かの「変わり目」です。たとえば、夜が明けて朝になる時の、空の変化。冬に、ある温度より気温が下がって、外の水たまりが凍り始める瞬間。このような変わり目を、科学などの用語で「臨界点(Critical Point)」と言います。小島さんはこれまでも時々、作品のタイトルにこの用語を使ってきました。
 もう一つの関心は、影と物、映像と実物の関係のように、「虚と実の関係」です。小島さんはしばしば、一つの作品の中に実物と映像を組み合わせています。見る人は、映像を通じて実物のいろんなことに気づき、実物を見直したりします。また、彼は映像を加工して、実物と重ねることもあります。見る人は、現実から変化した映像を見て、夢のような世界を経由した上で、現実に戻ったりします。
 小島さんは自然現象などの変わり目に関心を寄せ、いったん虚のイメージを経由して、周りの実の世界を見直してきました。彼の作品は、現実の変化などについて、人々に再発見を促す装置、という特徴を持っています。


小島さん・江藤さんのまなざし

 小島さんは2003年より、「コトバ」の表現活動を行っている江藤莅夏さんと、一緒に作品をつくるようになりました。江藤さんと組むことで、彼の作品は、繊細な感覚でいっそう洗練され、多くの人々に身近なことも、よく取り込むようになったように思われます。
 小島さんと江藤さんは、これまでの作品づくりを生かして、この展覧会の展示プランを練り上げました。
 二人はこの展覧会で、特にどのような視点から、何を展望しているのでしょうか?

 まず、小島さんの主な関心があちこちに認められます。展覧会のはじめにあたる②「ゆうひので」では、昼夜の変わり目に注目しています。展覧会のフィナーレ⑫「猿の楽団」では、やきものの猿の楽団と、その映像の壁への投影が組み合わせられています。⑧「内⇆外」では、実物の球に映像の球が重なったり、映像の光が現実の部屋に伸びてきたりします。
 次に、小島さんと江藤さんは、旅のイメージを抱いています。④「海を越えて」では、江戸時代にオランダから船で品物が送られた際に、パッキングに使われたシロツメクサをテーマとしています。⑤「地平線を辿って」では、やきものの釉薬の境い目を道に見立てて、旅のイメージを差し出しています。⑨「水の中に」は作品を水の中に入れていますが、鑑賞ガイドの文章では「作品の中を小さな魚になって探検してみよう」と語りかけています。
 さらに、日常私たちの周りにある自然などの環境から、壮大な宇宙へのまなざしがあります。②「ゆうひので」では、ライトが作品に出入りし、作品の影が形を変えますが、それを日の出・日の入りに見立てています。⑥「重力」では、球形の作品が吊り下げられ、揺れ動きますが、地球や天体の動きに思いを馳せることを誘っています。


やきものへのまなざし

  では小島さんと江藤さんは、特にやきものに対して、どのようなまなざしを向けているのでしょうか?

 形については、④「海を越えて」で、本をかたどった作品をいくつか取り上げています。紙の本をやきもので作ることは難しいですから、各作家のチャレンジ精神が感じられます。柔らかい紙の本が固いやきものの本になると、見る人は思わず注目することになり、元の本のことを想像したりします。本を見直す変わった体験にもなります。
 色については、⑤「地平線を辿って」で、釉薬に注目しています。いくつかのやきものについて、釉薬の境い目を横一線にそろえて展示してあります。見る人は釉薬そのものをよく見ることにもなります。釉薬に関してはさらに③「釉の囁き」で、釉薬がひび割れる時の音を、作品のそばで聞くことができます。
 一つの作品をじっくり見るコーナーもあります。⑦「あやとり」では、あやとりをする両手をかたどった作品を、照明でショウアップしています。これを見つめる人はそれぞれに、連想をしたり、物語を紡ぎ出したりするのではないでしょうか。
 やきものについて圧巻なのは、不思議な感じの作品がひしめき合う⑩「あやし国」のコーナーです。ここでは特に、生きもののような作品をピックアップしています。柔らかい粘土で造形するやきものでは、丸っこい形がよく出てきますが、丸みのある形はしばしば生命を思わせます。このコーナーでは、現実の生きものを再現した作品ではなく、想像上の、あやしげでちょっと怖い作品を集めています。
 このように二人は、やきものそのものの特徴や面白さについて、いろいろなアプローチを提案しています。


おわりに

 小島さんと江藤さんは、美術と、科学や文学が大好きな少年少女のようです。大人になっても純粋に、好きなことや関心を持ったことを、とことん追求しています。二人は子どもたちと大人の人たちに向かって、やきものと周りの世界について、いろいろな発見をしに行こうと誘っています。それぞれの心や感覚で、たくさんの発見のできる、豊かな可能性のある旅へといざなっています。

安藤善和 岐阜県現代陶芸美術館 教育普及担当
「土の冒険のぼうけん」ができあがるまで、小島さん、江藤さんと過ごした時間は、ハラハラ、ドキドキ、ワクワクがいっぱいの、まさに冒険のようでした。
 膨大な収蔵品をチェックし、展覧会場の空間を確かめられたお2人から、次々と展示のアイデアが出されます。「徳丸鏡子さんの巨大な作品《蠕動:表皮から記憶へ》の周りに鉄道模型を設置して、列車にカメラを搭載して撮影してみよう」「展示室の天井から透明な板を吊り下げ、そこに作品を並べて下から見上げる展示はどうだろう」…思いもよらないアイデアの数々。こんな展示が実現したら、きっと楽しいだろうな。会場を巡る子どもたちの笑顔が目に浮かびます。


 一つは、何かの「変わり目」です。

安藤善和 岐阜県現代陶芸美術館 教育普及担当
「土の冒険のぼうけん」ができあがるまで、小島さん、江藤さんと過ごした時間は、ハラハラ、ドキドキ、ワクワクがいっぱいの、まさに冒険のようでした。
 膨大な収蔵品をチェックし、展覧会場の空間を確かめられたお2人から、次々と展示のアイデアが出されます。「徳丸鏡子さんの巨大な作品《蠕動:表皮から記憶へ》の周りに鉄道模型を設置して、列車にカメラを搭載して撮影してみよう」「展示室の天井から透明な板を吊り下げ、そこに作品を並べて下から見上げる展示はどうだろう」…思いもよらないアイデアの数々。こんな展示が実現したら、きっと楽しいだろうな。会場を巡る子どもたちの笑顔が目に浮かびます。
 しかし実際に試してみると、期待していた見え方ではなかったり、物理的、技術的に不可能であったり、お客様や作品の安全から問題があったりと、実現の困難さが分かってきます。そうした問題を解決しながら、けれどもやはりどうにもならず断念もしながら、11の展示室と美術館の入口や屋外も使った展示が決まっていきました。

 入口正面の壁に影を落とすマイセン《猿の楽団》の3Dコピーは、愛知県春日井市の株式会社ワン・フェイスさんが製作してくださいました。《猿の楽団》をワン・フェイスさんへ持参したのは2月の半ば。早速、形を読み取る作業に取り掛かりました。ハンディ・スキャナーを360度、かざしながら、立体の形を読み取ります。「黒色の部分や金彩の部分は形を読み取りづらい」と何度もやり直しながらも、そこは専門家、見事に読み取ってくださいました。
 後日、出力された猿たちが届きました。今回はその影が主役ということで、無色で出力。上絵と金彩が施されたオリジナルとはずいぶん印象が異なりますが、形は細部まで見事に再現されていました。

 《Sunset Sunrise》の光源の昇降装置は、ミラクルファクトリーの青木さんが製作してくださいました。「作品の影が円形に天井に映るよう、床ギリギリまで電球を下げたい」「光源が下がり切ったら暗くなり、その後ゆっくりと明るくなってから上がるように」など次々と出される要望に、すべて応える手腕は見事なものでした。
 《Gravity》の照明装置も青木さんによるものですが、どちらもモーターや歯車といったアナログな仕組みに、「2分30秒消灯、30秒点灯」といったプログラムを入力したデジタル装置を組み合わせた複雑なものです。そのため、電源の位置、電磁波などの影響で装置が止まることもあり、その都度、原因を探り解決してくださいました。

 「安藤さん、シロツメクサを展示ケースに入れたいんだけど、手に入るかなぁ」と小島さんから相談を受けたのは、まだシロツメクサが芽吹く前の2月でした。「何とかなると思います」と即答したのは、我が家の田畑の周囲に毎年生えるシロツメクサで十分足りるだろうと思ったからでした。しかし、その目論見は見事に外れ、干し草にすると体積が5分の1程度になってしまうことに気づいたのは、我が家のシロツメクサを取り尽くし、干し草にした後でした。
 そこで、自宅近くの「東濃牧場」にお願いして、シロツメクサを収穫させていただくことに。小島さんと江藤さんも収穫のお手伝いに来てくださいました。江藤さんはともかく、男2人(僕と小島さん)が仲良くシロツメクサを摘み取る姿を観光客のみなさんが珍しそうに眺める中、大きな袋2つ分を収穫しました。
 展覧会準備中、おいしいカレーを目当てに足しげく通ったCAFE NEU!の店先のシロツメクサまで収穫させていただき、小島さんは朝のウォーキング中にもシロツメクサの花摘みをして、何とかあれだけのシロツメクサを確保したのでした。

 《Gravity》の展示室を小島さんが下見された時、この部屋の吹抜を使った展示を即決されたようです。16mの高さの天井からワイヤーで阿曽藍人さんの《土の玉》を吊るすプランです。
 美術館の高所作業車は12mまでしか上がりません。そこで工事用の足場を組み、ワイヤーを吊るすことにしたのですが、吹抜内の壁やガラスを傷つけることなく足場が組めるものか、はらはらしながら見守りました。無事ワイヤーの取り付けが済み、開館以来初となるこの吹抜を使った展示が実現したのでした。
 《土の玉》の下には、屋根瓦を砕いたシャモットを敷きました。このシャモットは、三州瓦の主産地、愛知県高浜市の愛知県陶器瓦工業組合の工場で作られたものです。対応してくださった野村道生さんのご配慮で、特別に粒の大きなシャモットをご用意いただきました。そのおかげで、シャモットの影が山並みのように展示室の壁に映し出されました。

 小島さんの眼は、僕では気づけない微妙な色合いを見分けることができるようです。大石早矢香さんの《秘めりんご》の入った水槽の水が「白く濁っている」とおっしゃるのです。僕と江藤さんは目を凝らして眺めるのですが、よく分かりません。そこで小島さんがライトを当てると、確かに、光に照らされたところがうっすらと白くなっています。
 早速、白濁除去に臨みました。白濁除去には時間がかかります。水槽の横に濾過器をセットして、丸1日水を循環。週に1度はこの作業をすることになり、休館日の月曜日は白濁除去の日となったのでした。

 《猿の楽団》は、小島さん、江藤さんが最も神経をすり減らし、時間をかけて実験を繰り返した展示です。実験は、ワークショップや講演会で使用するプロジェクトルームに、展示と同じ壁からの距離に回転台を設置、《猿の楽団》と同サイズの人形を置いて行いました。人形を照らすライトはどれが良いか。カメラも回転スピードに合わせ、人形にピントが合うかを確かめました。
 今回はマイセンの貴重な作品をガラスケースの中ではなく、円卓に露出展示することになりました。人形の影や映像がちょうどよい大きさで壁に映るには、回転台からどれくらいの距離で人形を置けば良いか。人形にさわろうと手を伸ばしても届かない距離はどれくらいか。そうしたいくつもの条件から、円卓のサイズと人形の位置を決めました。

 この展示の実験中、面白い発見がありました。部屋の入口と出口を白い布で覆うことになり、その布を何種類かの中から選んでいたのですが、布に人形の影や映像を映してみたところ、裏側にまで透けて見えたのです。そこから、入口をベルベット調のカーテンで飾り、まるで劇場の舞台のようなところに《猿の楽団》の影や映像が映るという演出がうまれました。

 すべての展示に、いくつものドラマがありました。採用されなかった案にも、不採用に至るまでにドラマがありました。山積する課題を前に、私はハラハラ、オロオロするばかりでしたが、小島さんと江藤さんの熱意にたくさんの方が応えてくださったことで、物事が良い方向、実現の方向に進んでいきました。改めてこの冒険が、たくさんの方と一緒であったこと、たくさんの方に支えられてきたことを心強く感じています。